安保法案

米原市議の松崎です。

今年に入ってから実は髪を伸ばしてまして、まあヒゲもはやしてますが、特段理由はなくなんとなくとしか言えないのですが、よく小さい子って言い間違えることあるじゃないですか、ボキャブラリーが足りなくて。

「おじさん、なんで禿げてるの?」と無邪気に聞かれることがあるんですが、ニコニコしながらこう答えます。「ハゲじゃねえんだ、これはボウズって言うんだぞ」と正しい言葉遣いを教えてあげるのですが、かれこれ10年近く坊主頭を続けていて(途中、転職した時に半年だけ伸ばしましたが)、たまには髪も伸ばさないとハゲ隠しだと思われてもかないませんし、久しぶりに伸ばしている次第です。

坊主からそのまま伸ばすとボンバヘッドみたいに全方向に広がるのでみっともなく、途中で手を入れるべきなんですが、いかんせん床屋というのに10年も通ってなくてつい足が遠のいてしまってましたが、久しぶりに行ってきました。

頭の上の方は整えるぐらいで、周りは短めに、とお願いして出来上がったのは、つのだ☆ひろでした。

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ちょっと凹んでます。。。

髪は伸びてきてますが、やっぱ歳ですかね、以前と比べて髪質が変わってて、だいぶペナペナになってました。白髪も結構目立ちますし、おっさんっぽいという意見もあり、坊主頭は結構年齢不詳になれるので若く見えたりもするのかもしれませんが、もうしばらくは伸ばしてみます。

とりあえず、これが言いたかっただけだったりするんですが。

【ヘイトスピーチ】
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これ、ちょっと前に報道ステーションでやってた茶番劇のパクリですが、その番組を珍しく見てたら、まあひどい偏向報道っぷりで、ちょっとブログに書かなきゃという気持ちになりました。

そもそも最近のマスゴミの偏向っぷりはひどく、法案提出者の説明はろくにせずに、活動家とかプロ市民とか労働組合とか宗教団体とか外国人たちのデモ風景ばかり流してて、そりゃあ国民も説明不足に感じるわなというひどい状況になってます。

時代が進んで、新聞テレビの垂れ流す情報以外のニュースソースが普及してきてるので、もっとマスコミも頑張らなきゃいけないはずなのに、この偏向っぷり。

先日の天声人語か社説で、主権者は私たちだ、と書いてました。確かにその通り、私たちが主権者です。でも朝日新聞、お前らではない。ノイジー・マイノリティの声だけを取り上げるお前らは、私たちには含まれない。これが民主主義なんじゃないですか?私の意見は通さないと困るけど、あなたの意見は死んでも認めないってそんな都合のいい報道の自由は、沖縄ぐらいにしかないのでは。1年以上前から言われてて、選挙で審判を受けた結果こそが、民主主義でしょう。

大阪都構想の時もそう。面白おかしく伝えられればいいとでも考えてるのか、質の低い報道とも言えないような低レベルな内容が多く、なんのために報道が優遇されてるのか理解してない。もっと読者視聴者、住民国民に情報を整理して伝える役割を果たしてもらわないと、困りますよね。

とりあえず、この間の6月議会で共産党議員団が、今回の平和安全法案に反対する意見書というのを出してて、それに反対する(つまり安保法制に賛成する)討論を行いました。その原稿をここでご紹介しておきます。9分くらいの文章なので、長くてすみません。

平和安全法制反対意見書・反対討論 2015/6/19

 意見書第1号 「平和安全法制」に関する関連法案の国会上程に反対する意見書案につきまして、反対の立場で討論いたします。

 まさにいま現在、国会で大いに議論されている「平和安全法制・整備法案」ですが、これをずっと眺めてきていて思ったのが、四半世紀前のPKO国会のようだ、ということでした。私はその頃高校生でしたが、新聞やテレビを見ながら、国会議員は牛歩とかそういう次元の低いことをしていてもいいんだ、と感じたことを思い出します。自らの主張を強硬に押し通すには、言論だけでなく時には暴力までも辞さないというけがれた大人の姿を見て、政治に対する不信感が芽生えたのを感じましたが、これとまさに同じことが、委員長への暴行行為という24年前と変わらぬ風景が、テレビに映し出されていました。

 高校生ということで自らの将来を考える時期でもありましたが、同じくテレビを見ながら、コメンテーターと呼ばれる人たちが、あーだこーだと批判を繰り返すのを見ていて、この職業は楽そうだな、他人の揚げ足取りだけをしてれば済むのだから、と一瞬思いました。しかし、自分のことを棚に上げて他の人を批判するだけなのを見て、人として終わってるな、こいつらみたいにだけはならないようにしよう、と再び勉学に勤しんだのが、もう四半世紀も前になります。

 当時の議論を振り返りますと、海外派兵で日本の軍国主義が復活するといったことが言われておりましたが、四半世紀が経過したこんにち、果たして日本は、アジアを侵略し、徴兵制が導入された軍国になっているのでしょうか。むしろ世界中の国から日本の平和への貢献が認められるようになったではありませんか。これに反することを言っているのは、日本を敵視する特定アジアの国々だけではありませんか。彼らは歴史を捏造し、日本をおとしめることが政権の正当性を唯一主張できる根拠となっているので、恐らく政権が転覆するまでは永遠に日本に対していちゃもんをつけて来るに違いありません。むしろそれ以外のすべての国が日本の世界に対する平和への姿勢を認めてくれるようになっています。

 世の中の変化に伴い、政治に求められるものも変わってきます。PKO法案が提出されたのは、冷戦が終結し、アメリカと旧ソ連が一緒になて国連という組織を利用していこうという機運が出て来た時のことです。こうした世界情勢の変化に伴い、日本に求められる平和貢献の姿も変わってきたのでPKOという冷戦時には重視されてこなかった活動に参加するようになりました。

 では2015年現在はどうかと言えば、四半世紀前と比べると中国は大幅に経済成長を成し遂げ、アメリカに並ぼうとするだけの大国の姿に戻ってきました。そうした中で、太平洋進出の野望を隠すことなく、ハワイまでを支配下に置きたいと宣言したり、スプラトリー諸島の軍事拠点化を進めたり、日本においても尖閣諸島侵略の姿勢を崩さず、小笠原のサンゴを根こそぎ盗掘したのも記憶に新しいところです。一方北朝鮮においても、3代目の独裁者が核のスイッチを押しかねないような状況にもなってきています。こうしたアジア固有の国際紛争に近い状況にあって、アメリカの直接的な国益とは少し離れてきている中で、いつまでもアメリカ国民の血と汗だけに頼れない事態になってきたのが現状だと思います。

 そのためにも日本としていかに地域の平和を維持することに貢献できるのか、ということを真剣に考えて出て来たのが、今回の法案だと捉えています。過去の戦争を踏まえ、戦争の惨禍を国民に二度と合わせることのないように、一方的な軍事侵略に対してしっかりと備える、普通に考えたらこれは当たり前のことではないでしょうか。火事に備えて消防を用意し、犯罪に備えて警察を用意するのと変わりありません。

 このように、今回提出された意見書に対して1つ1つ反対していくのも構わないのですが、ああ言えばこう言うではありませんが、言葉尻だけを捉えられてさまつな議論しかできないので、ちょっと違った切り口から反対してみたいと思います。

 それはすなわち、国際情勢が刻一刻と変化してきている中で、政治としてもしっかりと対応していくことが求められているにも関わらず、とりあえず反対、何でも反対、絶対に反対、と反対するだけの姿勢はいかがなものでしょうか。ソ連という共産主義の恐怖に対抗していた冷戦時や55年体制の時代ではもはやなく、新たな脅威が現在2015年の日本を取り巻いている状況で、平和を求めて反対するのも結構ですが、じゃあ、あなた方はいったいどのようにこの脅威から国民を守ろうとするのか、それを問いたいと思います。

 憲法違反だというのは簡単ですが、だったらその憲法に違反しているとずっと言い続けている自衛隊の抑止力に守られてきて、アメリカの言いなりになるなと言いながらその抑止力によって戦後70年の平和が守られてきたという現実から目を背けて、9条のおかげで平和が守られてきたというお花畑のような空想的平和主義を掲げることは、平和が維持されてきた背景を無視した無責任な行為です。憲法に違反しているのであれば、だったら憲法改正の議論をして人々を守っている自衛隊をしっかり認めるようにするべきですし、戦争の惨禍を繰り返さないためにも、しっかりと現実的に平和を守れるような憲法に改めることを議論するべきです。こうした議論もなく、盲目的に憲法を守る、戦ってでも守ると言い続けることは、あまりに無責任と言わざるを得ません。

 以前の集団的自衛権の意見書が提出された時にも反対討論に立ったところ、ミニコミ誌において「戦争を知らない若造が何を言う」と叩かれたことがあります。戦争を直接知らないのは同じだと思いますが、誰がすき好んで人を殺したり殺されたりするのを望むのでしょうか。私も人の子の親です。自分の子を戦場に送り出したいと思うはずもありませんし、もし万が一徴兵制導入ということにもなれば自分自身が徴兵されかねない年齢ですので、戦争したいわけがありません。戦ってでも守るという発言も紙面にありましたが、よっぽどその考え方のほうが好戦的で、平和のためには暴力をもいとわないという矛盾に満ちた思想に染まってしまっていると言えます。

 現実的に平和をどのように維持するのか、それに対する具体的な提言もなく、外交努力で近隣諸国と友好的に、と言うのは誰にでも出来ます。外交とは、テーブルの上で握手しながらテーブルの下で蹴り合うもの、とはよく言われますが、丸裸の状態で平和が好きですと呪文を唱えるだけでは外交としては失敗ですし、アジアの平和を乱す国々になめられる一方です。そうではなく、対等の立場で外交的に議論するにはしっかりとした法整備を行い、万全の体制で臨むことこそが重要です。

 第2次世界大戦で日本は負けました。そこは揺るぎない事実です。その反省があるからこそ、日本人は平和を追求してきましたし、それが戦後の復興を支えてきたのも事実です。しかしなぜ戦争に負けたかの理由の一つを考えて見ますと、戦争に反対する風潮があったにも関わらず、日本は精神論で勝てるといった誤った報道により国民が扇動された、ということが挙げられます。実はこれと同じような危険な状態に日本はあるようにも思われます。すなわち、第2次世界大戦で戦争を礼賛した新聞が、現在も同じように精神論だけで平和は保てると喧伝し、誤った歴史認識の元に捏造を繰り返したのに謝罪すらせず、現政権を叩くことが至上命題となりアイム・ノット・アベといったヘイトスピーチを垂れ流す放送局があることこそが、戦争への近道になってはいないでしょうか。

 インターネットという情報発信ツールが普及したおかげで、偏向報道とは異なる情報を容易に入手することが出来る時代になりました。しかし未だにこの偏向報道に染まってしまっている人がいるのも事実です。こうした人への不安感を増すことに使命を感じ、反対反対を繰り返し代案も出さず、今回のような意見書が提出されたことは非常に残念でなりません。政府に対して国民への理解を深めるよう要求する内容であったり、国民の平和を現実的に守ることができる代案が示されたのであれば賛同もできたところでしょうが、今回の内容はむしろ国民をないがしろにしたままになるだけですので、反対するしかありません。

 議員各位におかれましても、無責任野党の片棒をかつぐような、国民を扇動するだけの意見書に決して賛同することなく、改めて別の機会にでも政府に対してしっかりとした説明責任を果たすよう要望することを願いまして、以上、私の反対討論といたします。

今回のはひどい出来でした。こんなの書いてるくらいなら、議長から発言を取り消された問題に対処しなきゃと考えてるさなかに片手間で書いたものなので、何を言いたいのかズバッとは伝わってこない。

っていうか、議員として、政治家として、かなり刺激的な内容をわざと入れてみてたのにそれはスルーして、どうでもいい発言の取り消しに躍起になるって、全然面白くない楽しくない、もっと政治家っぽく議論してみたいのに、という不満も募ってました。

国会の動き見てると、我が次世代の党は自民と一緒だったようで、うれしく思う反面、また自民党との差別化が難しく埋没しそうな心配があります。

残念だったのは、結いの党と一緒になった維新です。対案を出して議論をする、ここまでの動きは良かった、これまでの反対するしか能がない万年野党とは違うんだというとこまでは、さすが次世代の党と分かれていっただけあって改革政党らしく好感しました。

その後がダメ。民主と共同提出するとか変な動き見せて、なんだお前ら結局民主と一緒かよ、と政権から不信感を抱かれてしまい、まともな対応をしてもらえなかった。もうちょっと賢く動いて、法案修正に持っていけるくらいのことを期待してたんですが、結局お前も民主とグルか、と失望させられた結果でした。

あのプラカードの無様なこと。パフォーマンスだけは用意周到で、議論とかができないなんて、議員の価値ないでしょ、って黄色いシャツ着たどっかで見たことある代議士が外相の近くに映ってましたが。

こんなのと維新は一緒だと思われて、平気なの?恥ずかしくないの?

民主、もはやこの政党がいまだにデカイ顔して存在してられること自体が理解できないのですが、長島議員とか一部の代議士は頑張ってましたよね。ちゃんと建設的な議論のやりとりが成立してた。前ナントカも。

ちゃんと国の将来を見据えた議論をするごく一部の議員以外の、まあひどいこと。ノイジー・マイノリティの意見だけを聞いて、揚げ足取りだけのやりとり。そりゃあその程度のことに100時間もかけたら十分すぎるでしょう。辻元みたいな扇動するプロ活動家を民主党の顔として表に出してしまったら、もう終わりもいいとこ。こんなのにもう一度政権を託してみようかなんて気は、大多数の国民の意識からは消え去ったんじゃないでしょうか。

あと、若者の代表みたいなのでシールズってのが多く取り上げられてたようですが、こんなの共産党でしょ。特定政党を支持しないという割に、言ってることが完全に共産党で、隠してるようで全然隠れてない。こんなのがリベラル名乗るな、反日と言え。大学の中にいたら確実に怪しい人間で、公安に見張られてんじゃね?っていうレベルが若者の代表だなんて、片腹痛いです。

だいたい国会前でデモしてるのって、暇な人達ばっかじゃないですか。なんで労働組合って働く人を守る活動しないでここにいるの?よく見るとリタイアした世代の人が多く、なんの価値も生み出さずずっとダラダラしてるだけ。今日の株価見ました?わずかですが上昇してて、経済は安保法案になんも反応してない、大した影響もないとされてるのに、マスゴミと一緒にどんちゃん騒ぎ。

反原発から秘密保護法、沖縄辺野古問題やこの安保法案、みーんな同じようなキモい人たちが誰かに扇動されてかやってるだけ。しかもそれがちゃんと見透かされている。もう誰もこいつらの言うことは信じませんよ。

心配なのは、18歳投票制度が始まる若い人たち。

この制度自体は、高校卒業してから二十歳になるまでの期間が完全なるモラトリアム期になって、社会への責任感といったものが消え失せるもったいない期間だと思っていたので、学業を重ねてきた直後から投票できることは、意識やモチベーションを維持することにつながると思うので賛成です。

心配してるというのは、今の民主とか共産みたいな聞きざわりのいいことだけ言って無責任なのに惑わされてしまうんじゃないかということ。

私自身も一度は共産に票を投じてしまったという人生の汚点を抱えていることもあり、いかにこうした耳触りだけよくてつい騙されてしまうようなことは防いであげなければならない、と考えてます。

もっと泥臭く、真剣に物事を考えられるような大人にしてあげないと、これ以上脳みそ御花畑な連中が増えても迷惑なだけですから。