だからおかしい、米原市議会

おはようございます、米原市議の松崎淳です。

なーんか、おかしなことになってます。松崎議員のブログの表現が汚いから、懲罰にかけましょう、みたいに集団リンチのような状態に。はい、炎上、のようです。

なぜこちらがブチ切れてそれだけの表現を取らざるを得なかったのかを理解されていない。

というか、普通に文章を読めば、明らかにおかしいことを重ねてきた人間が米原市議会の中にいる事自体のほうが異常事態であることを理解するであろうに、その辺は都合よく見なかったのか気づかなかったふりをされて、単に言葉遣いが汚い、といった「言葉狩り」に終止される始末。

何ヶ月もの間、委員会なり会合という議員活動の公的な場において、私の発言のすべてを否定、打ち消されてきた、という事実を述べてきましたが、そのような異常事態は、放置ですか。

このような卑劣な行為は、一般社会では到底ありえない行為です。他人の悪口をいう程度であればどこにでもあるのでしょうが、これは公的な場における私の存在の打ち消し行為であり、パワーハラスメントであったり、人権侵害と言えるような異常事態であると考えます。

そのことを私が議場というこれまた公的な場において、地方自治法第133条「普通地方公共団体の議会の会議又は委員会において、侮辱を受けた議員は、これを議会に訴えて処分を求めることができる。」に該当するため、当該議員の処罰を求めます、という請求をすることは可能で、これで懲罰委員会を開催し、公の場で今回の私に対する侮辱行為の実態を明らかにしてもらうこともできます。

しかしそんなことをして得するのは、誰ですか。私の気持ちが公的な場で晴らすことができた、とかいう次元の話であって、そのためにどれだけ多くの人々の時間や労力を割かなくてはならないのか。そもそもそのようなことで、米原市議会を使おうとすること自体が、市民に選ばれた議員として理解できません。

自分の恨みつらみの解消のために、議会を利用する?そんなのアリですか。

今回のブログでショッキングな記載をしたことは、一種の賭けでもありました。というのも、これまでも米原市議会のおかしなところ、疑問に思うところを度々記載させてもらってきました。それこそ一般市民感覚からかけ離れた、化石のような旧態然なところなどを何度も指摘してきたのですが、いまいち反応が見られませんでした。

そこで、今回のように敢えて、炎上させるようなスタイルを取ってみました。手法としては2つあって、1つは今回のように個人名を記載しない状態で公開、もう1つは実名で公開することで、今回はこれでもだいぶ和らげた形での公開としてみましたが、それでもそこそこの反応をいただいて結構なことです。

おかしな米原市議会議員がいるぞ、と騒いでもらえるほど、その実態を知ってもらえることになりますので。言葉尻だけをとらえた批判を受けていますが、それも覚悟のうえです。

まずはこの実態を知ってもらわないといけませんでしたので。

【こんな状態】
20140603-media
(【ネタ倉庫】ライトニング・ストレージより引用)

侮辱した人間について悪態をつくというのは普通にある話です。このような発言を議会内といったところでするのであれば、それこそ議員の品位うんぬんと言われても仕方のない事でしょうが、あくまでも個人のブログの中での話です。

このブログ、であったり、日記、と呼ばれるものに対する認識のギャップが大きいのですが、私の心情を吐露することに問題意識を持たれるということは、メディアリテラシーに欠けるというか、ブログやインターネットに対する理解が足りていないと思われます。

自由に見ることが出来る、というのを論拠にされているようですが、逆に見ないこともできますし、私がいかようにでも修正ができるものです、いわば「その程度の存在」であることは一般的な認識であると思いますが。

このブログ上での発言と、議会内での発言の意味合いが全く異なることを、むしろご理解いただきたい。委員会等で、議事録に残すことを目的に敢えて発言をするようなことがある、それほどに意味があって重要な行為であるわけです、議会という公的な場での発言は。

一部過剰に反応されていることに対しては、強く反論をしておきたいと思います。「クソジジイ」という表現を使って、かつての町議会議員、議長経験者に対して記述しました。

一市民に対してなんてひどいことを、といった被害者的な指摘が見られるようですが、この方々の取られた行動が純粋に一市民と言えるのか、そうした疑問に思わざるをえない行動が米原市議会に対して、米原市民に対してなされてきたので、その市民の気分をあくまでも代弁したに過ぎません。

この方々は、米原市議会が主催してきた議会報告会の伊吹会場に毎回参加されています。その議員と市民とが意見交換をする場において、一方的な自己主張を繰り返す行為を重ねてこられた。反市長派の議員に対する侮辱的な発言であったり、先にも書いた通り私を無視するような発言であったり、それはもう、傍若無人っぷりはすべての参加者に呆れられている、という実態があります。

議会報告会がオママゴト、と書いたことにも批判がありますが、オママゴトを批判するのであれば、全ての開催回で私が一人でまとめさせられてきた市民アンケート結果に目を通されているんでしょうね。議会報告会とはすべて議員が担当するもの、という他市の実例を見ながら、様々な細かい作業等を引き受けてきましたが、他の議員はほぼ「お任せ」状態で、私一人が苦労させられている状態。

人に対して丸投げしているのに、好き勝手言い放題の議会報告会なんて、それこそオママゴト以外の何物ですか。これに対して批判されたことに、私がさらにブチ切れました。もう二度と引き受けない。人の苦労をいったい何だと思ってるんだ。好き勝手やられて、もうたまったもんじゃない。そんな背景があります。

話を戻して、議会報告会のアンケート結果、これまで4回実施してきましたが、そのすべての回で、伊吹会場における異常事態を厳しく批判する市民の声が挙がっているということを、みなさんご存知ですか。

一概に元議員の参加を否定できるものではなく、むしろその立場から高所に立った見解を仰っていただいた元議員さんも実際にはいらっしゃいます。

しかし今回指摘した方々は、そういう立場に自身があるということを理解してるのかしてないのか、元議員の立場から~と自らの存在を明らかにした上で、自分の主張を延々とダラダラ話し続ける有り様。議会と市民とが意見交換する場であるという趣旨を全く無視して、自己の都合だけを押し付けることが、果たして本当に元議員としてすべき行為なのか。

元議員と自ら名乗られた上でのこうした事態であるからこそ、単なる一市民ではないと判断しますし、これが4回すべての議会報告会でやられて、毎回のアンケートで名指しで他の市民からの非難を受けていることから、私がこうした発言に及んだ次第です。

こうした背景を伴ったある意味確信犯でもありますので、侮辱罪で訴えるぞ、との脅迫めいた言葉に対しても、どうぞ、としか言いようがありません。訴えるぞ、と威圧することは簡単ですが、実際に警察に行って手続きしたり、弁護士と相談したり、といった行動がどれほど大変なことなのか、理解されていますか。先日警察に告訴状を提出するまでに100枚レベルで文章や資料を用意した苦労があるのをわかっていますか。

むしろこうした事態が議会報告会で毎回繰り返されていたことに疑問を感じない議員がいる方が、私にとっては大いに疑問です。こうした人間の発言は積極的に取り入れるのに、他の市民が発言する機会を奪われていることに、議員として心を傷めないものか。市民の声を聴く、というのはあくまでも一部の特定な声だけで、普通の市民の声は聞かない、と自ら宣言しているようなものです。

もう一点個人的に腹立ったこともあったのですが、先日祖母が亡くなりまして、ってそんな個人の事情を毎回説明しないといけないのか全くわかりませんが、ものすごい悲しみにふけっていたわけです。そんな中、ちょっと顔を出せ、といった呼び出しを葬式の最中に食らったのです。なに、議員という公職にいるだけで、個人の事情は一切無視されなくてはいけないのですか。プライベートな時間というものは一切持ってはいけないのですか。そこまで非人道的な職業なのでしょうか、政治家って。

こうした些末な反論もあらかじめ想定した上で、言いたいことの多くは記載済みなのですが、書かれていることをロクに読まずに、言葉尻だけをとらえた批判をするのは、あまりに読解力に足りない行為です。批判をしようとするのであれば、その背景すべてを理解しろとは言いませんが、せめて記載されていることぐらいは読んで欲しい。確かに長すぎる文章を書いてるので読む気が失せると言われるかもしれませんが、一部を都合よく切り取って批判するのは、ちょっとこのご時世においてあるまじき行為です。

かつてはマスメディアに情報入手を頼らざるを得ませんでしたので、恣意的な切り取り行為に気づくこともなかったのでしょうが、今やインターネットを使えば、一次ソースに接することすら容易になりました。そんな中で、わざわざ全文を公開しているのに、その一部だけを切り取ってアーダコーダ言うこと自体が時代錯誤です。

さらに、議員として公式に参加している会合において、当事者がいない状態で一方的な誹謗中傷もされていたようです。繰り返しますが、公式な場における、一方的な欠席裁判、弾劾裁判、魔女狩り裁判ですか。そのことの方がよっぽど、異常です。

今回、この私のブログに対して、一部の市民から批判を受けたということで、政治倫理審査会というのが開催されようとしています。開催されることは構いませんし、要請された議員からは開催の趣旨について、私の説明も公式の場で可能になるから、ということを言われてもいます。

まずお詫びしなくてはいけないのが、プライベートな問題が公式の場に上げられてしまうことで、ムダな時間や労力が割かれてしまうということ。

一方で、一人の議員の個人的な恨みつらみでこうして大げさに扱うことに対して、盲目的にそれを支援する議員がいること自体に呆れているというのが正直なところです。これまでどれだけ自分たちがバカにされた発言を議会内で受けてきたのか、忘れてしまったのでしょうか。

私が受けたのと同じような行為、議会内でのこれまでの経験を無視する発言をされ、異論に対して議論するのでなく一方的につぶされ、そして時には恫喝される、こうした事態を自分たちも受けてきたのに、それに対して反応することもなくそのまま受け入れているのですか。

あなたのこれまでの経験は価値が無い。あなたの意見は間違っている。と怒鳴られるといった異常な行動に対して、反応したお前が悪い、という風に逆に叩き潰そうとするかのごとき動きは、到底理解できません。

私の世代は中学校におけるいじめとかシゴキみたいなものが少なくなり始めた世代です。そのちょっと上は大荒れしていました。また部活とかにおいても、先輩の言うことは絶対で、後輩は服従するのみ、といった誤った認識がおかしい、とみんなが思うようになってきた、そんな時代でした。

今回の米原市議会を見ていると、それよりも古い時代なのか、まだ、という印象です。先輩は絶対正しい、カラスは白いと先輩が言えば、周りの人間もみんなが白い、白いと言わないとおかしいとされているかのよう。

確かに白いカラスもいますが、そういう判断することも認めていく、いわゆる多様性の時代と呼ばれますが、人それぞれの個性や考えはお互いに認め合う、そんな時代になっていたと思っていました。ところが米原市議会では、カラスは白い白いと同調でもしないと、自分の身を守れないようなところなのかもしれません。

まずブログが問題視されるのであれば、他のすべての議員も同様に、ブログ上に不適切な表現がなかったのか、チェックが必要となります。何をもって不適切かという判断は、あくまでも個人的主観に基づくものであり、セクハラ発言などは言語道断、このセクハラに関しては特に市民からの批判も多いので、厳しくチェックをしていくべきでしょう。

次に、こうしたプライベートな発言が公的な場で敢えて取り上げられること自体の是非について。

そして、プライベートですらここまで問題とされるのであれば、公的な場における侮辱発言がなされてきたことに対して、こちらから問い質していくことになるでしょう。

個人の恨みつらみが、議場の場で晴らされようとしている、この米原市議会の有り様について、ぜひみなさんにご覧いただきたいと思います。

ここまでこうして書いたことも、読まないんでしょうね。