米原市議会議員一般選挙立候補予定者説明会

米原市議会議員の松崎淳です。

珍しくリアルタイムな更新。先ほどルッチプラザで、「米原市議会議員一般選挙立候補予定者説明会」があり参加してきました。

【非常に多くの人が来てました】DSC01185

昨年の12月の説明会に参加してから、もう8か月、というか、まだ8か月というか。内容的に変更があったのがインターネット選挙運動。当落判明後の挨拶をホームページでするのはOKのようです。挨拶自体がすべてダメだと思ってたので、それは意外でした。

とはいえ、これで名実ともに選挙戦のスタートですね。公職選挙法ってものすごく縛りが厳しくて、前回の補欠選挙もビクビクして、しすぎてほとんど何も出来ないまま選挙当日を迎えてしまってましたが、何をやったらいい、やったらいけないの判断を自分で勝手にするのが非常に怖いです。

前回は後援会という政治団体の立ち上げをしていなかったので、何をするにも選挙運動に該当してしまうのではないか、という危惧を抱き続けていました。今回は政治団体を登録しているので、まあ今から動いても「これは政治運動です」って言い逃れが出来るような気がしてます。

っていうか、この政治団体による政治活動って、ザルというか、政治運動って言い張ってしまえば何でもありのような世界って、おかしいなぁと疑問を感じるところです。そんな書類を県庁の選管に提出するだけですぐ出来る政治団体があれば、選挙運動とほとんど変わりないような活動も許されるのって、法の抜け穴というかフシアナみたいな、何のために選挙運動だけ厳しく制限してるんだろう、と思わざるをえません。

かといってここでギャンギャン吠えたところでどうなるもんでもないので、粛々と進めるだけなんですけどね。

あまりに何もしていない(かのように見える)夏を過ごしてしまったため、周りのみなさんから大いに心配していただいて非常にありがたく思っています。期待していただいているんだなぁ、と勝手に解釈して頑張ろうという気持ちを強くしているところですが、もうちょっとしたら本格稼働出来るんじゃないかな、と思ってるところです。

20人の定数のところに26人だか27人とかいう立候補者数の噂があり、なかでも地元の旧伊吹町からは7人も!私が出る前は地元議員が2人しかおらず、私が旧山東町の枠から1つもらった形になりますが、その倍以上の数ですからね。地元のために頑張るのはもちろんですが、米原市全体の将来像を見据えた活動に取り組んでいるつもりですので、できれば市全域から広く浅く、、、なんて夢物語を語っている場合じゃないですね。頑張ります。


懸賞つき盆踊り大会@息郷(おきさと)

米原市議の松崎淳(まつさきじゅん)です。

せっかく市議会議員になったのだから、市内の各地で開催される様々なイベントに参加してみようじゃないか、という軽い気持ちでいろんなところに少しずつ顔を出そうとしてます。ちなみに政治家だから地域の寄り合いに顔出しする、というのではなく、単純に子どもとどこ行ったら楽しそうかなって気持ちだけですし、それに地元も地盤も支援者もいるわけじゃないので、イベントに参加しても普通に参加者として楽しんでそれでおしまいだったりしてます。だいいち議員じゃなかった頃に、そうした議員の顔出しを見てたら、「ウザっ」って思うだけでしたしね。

【懸賞つき盆踊り大会(伊吹山テレビOnlineより引用)】329fe2045ad8ca38b33b74a0c8b4942e

【会場の様子】DSC00975 DSC00981 DSC00980 DSC00983 DSC00984

こういう地元のお祭りっぽいところが好きな理由が、出店の値段設定が高くないってのが一つなんですよね。地元があんま参加してないところだと、いかにも業者さんっぽいのがいて、これボッタクリじゃね?とかいう金額設定になってるところが結構多く、当たり前の設定にしているところがいいんです。

ちなみに「土用餅」というのを知らずに買ってみましたが、土用の入りにあんころもちを食べる風習がこの辺にはあるんですね。こういう異文化体験って、旅行者とかに面白がったり楽しんでもらえる非常にいい素材なんです。特に米原は関西と北陸、東海の結節点にある地なので、他地方から観光客を呼び込むときには手軽な資源として活用できるので、実は立地に恵まれているというのはこういうのも意味するんです。

【太鼓】DSC00985

買い食いするのに一生懸命で説明とかを聞けなかったのですが、迫力のある演奏で良かったです。以前もジョイいぶきでまちづくり団体が参加するイベントがあって、そこでも別の太鼓の披露があって感動した憶えがありますが、身体に響く音響ってわかりやすくていいですよね。こういうのにガッツリと報償を用意するのは難しいかもしれませんが、打ち上げ代ぐらいはまかなえるようにすれば、演る側も引き受け側もハッピーになれるのではないでしょうか。

【市長・議長の挨拶】DSC00991

市長と議長は職務出席とのことで、市長の写真や議長の報告を見ていると各地を飛び回っていて大変だろうなと思いながら、遠目からお客さんに混じって眺めてました。すみません、食べながらです。

【盆踊り】

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仮装も審査基準だったのでしょうか、カエルさん、サンタさん、浦島太郎などさまざまな衣装で踊ってらっしゃいました。多分最後までいられない(子どもが途中で眠くなる)だろうから参加できませんでしたが、結構多くの方が踊ってらっしゃいました。

6拍子?のようなちょっと変わったテンポでしたが、実は盆踊りはよくわからないんですよね。というのも産まれてずっとマンション住まいで、マンションでは盆踊りはやっておらず近所のお祭りに参加するだけでしたが、地元の子じゃないので深く入れず、その後引っ越しを繰り返して地元という地元がないまま来たので、全然踊る機会がなかったのです。

東京音頭も聞いたことはありますが、ヤクルトの応援歌としての方が多いくらいで、踊り方もわかりません。多分踊り始めたらそんなに難しくはないんだろうなと思いながらも、うらやましく見ているだけでした。

地元区でも昔はやってたんだよ、という話を聞いていますが、実際にやろうとすると準備とか後片付けが大変で、そのための人の数が足りないのでやめてしまった、というのはいろんな地域であることだと思います。先日も地元区で夏祭りがあり、気づいたら裏方スタッフとしてずっとお手伝いをしてヘトヘトに疲れ果ててきましたが、参加者の数がそんなに多くなくてもスタッフにはそれなりの負担がかかり、それを考えるとやめてまえ、という声が出てくるのも仕方ない気はします。

とはいえ、なくなると寂しいですよね。これを集落をまたいで大規模に維持出来ればいいのでしょうが、みなさんの地元意識というものの強さに驚いているくらいで、隣の集落と一緒にというのも実は結構難しいと体感しています。それを上から無理やり押し付けるというのは尚更抵抗が大きくなってしまうでしょうし。

であればイベントのプロだかセミプロに運営を任せてしまうのも一つの手だと思っていて、専門業者に任せてしまうとお金がいくらあっても足りないので、イベント告知であったり印刷物作製など、手を加えるとグッと印象が良くなって地元だけではちょっと難しい、そういったあたりから外注化で省力化出来ないかな、というのはずっと考えておりました。

これまで地元のイベントをいろいろと手伝ってきて、ノウハウも少しは蓄積できたと思っているのであとは市内のほかの地域にも展開していきたいなと考えていたとこで議員になってしまいましたので、議員活動が落ち着いたらまた進めてみたいと考えてます。

ちなみにせっかく自分が頑張ってきて、地元の人にも喜んでもらっていた地元のイベントを、後任に潰されてしまったのはとても残念に思っています。ましてや途中で投げ出すとか、いったい何のために地域に入っているのだろう?とこれまでずっと抱えていた悩みが、再び頭をよぎりました。結局自分のことしか興味なくて、地域おこしの主旨なんて理解しようともしなかったのね、といったあたりの主張は、隊員報告会でもしましたので興味をお持ちでしたらご覧ください。⇒水源の里まいばら みらいつくり隊活動報告会報告書


平成25年度 米原市平和祈念式典

米原市の市議、まつさきじゅん(松崎淳)です。

8/10に伊吹薬草の里文化センター・ジョイホールで、米原市平和祈念式典が開催されたので参加してきました。ちなみにジョイいぶきってのはこの一帯の総称ということでいいんですかね?この6文字の方が短くて言いやすいし書きやすいのですが、正式名称は長くて面倒です。。。

【会場の様子とプログラム】DSC00964 DSC00965 DSC00968

チラッとメモ書きしましたが、現在の米原市では、1589人の方が戦争で亡くなられたそうです。第2次世界大戦が終わってから68年が経過し、米原市議長が挨拶でも触れていたように、戦争を知っている世代の方が多くなり、であればこそ忘れることのないようしっかりと語り継いでいかないといけない、その思いを強くしました。

というのも、こういう式典があるのは知っていましたが、8/6と8/9の広島・長崎の式典のテレビ中継、8/15の武道館の様子などで、あるはあるけど自分とは直接的な関わりが全くありませんでした。今回市議会議員となり参加する機会を得て、戦争によって家族を失った遺族の思いを直接感じることができ、とてもいい機会となりました。

戦争は二度と起こしてはならない、おそらくほとんどの戦後生まれの人はそう教育を受けてきて、そのことを理解していると思います。数字に表してしまうと少し現実から離れてしまう感覚がありますが、何万もの方が亡くなられたわけです。自然死でも事故死でもなく、国家間の殺人行為によって。特に日本は敗戦国であり、であればこそもう二度とこんな目にはあいたくない、これが実感だと思います。

ただ、そう願い続けることと現実は、しっかりと分けて考えないといけないのも事実です。韓国と中国が日本を仮想敵国に設定し、竹島は侵略され、尖閣諸島も毎日のように領海侵犯されるなど、相手からの攻撃を受け続けている状況です。戦争を起こさないためにも、外交を通じて平和を守っていく努力というものが、大切です。

今は大きな脅威とはなっていませんが、侵略されたままなのは北方領土です。ドライブで根室、そして知床半島を巡った際に、対岸に歯舞・国後の島を見て、これが戦争に負けたということか、と実感しました。そして続いて道内を北上する際に目にした自衛隊の基地、そこで考えたのが、もし日米同盟がなければこの北海道の地全部もソビエトに侵略されていたのかもしれない、ということでした。

終戦の日にNHKでトーク番組があったのをチラッと見ましたが、平和憲法を維持しなければならないという主張をされる人がいました。確かに日本は過去の戦争の反省があったからこそ、現在の憲法をずっと受け入れて来ました。でも憲法があったから平和は維持できた、その考えには同意できませんでした。日本が高度経済成長期にあった頃、世界では冷戦が繰り広げられていました。日本が軍備を拡充する代わりに経済成長を優先できたのは、平和憲法があったからではなく、紛れもなく米軍の存在があったからだと思います。日本は丸裸の状態で平和を維持できていたわけでは決してなく、自衛隊もいたからこそ、の平和維持だと思います。

非常に政治的な話ですね。でも今回の式典でいろいろ疑問を感じて、そこからしばらく考えた結果ですので、一応書いておきます。戦争は二度としたくない、なぜなら大事な家族を、友人を失うことを繰り返したくないから。でも戦争がこれまで起きなかったのは、軍備がしっかりしていたから。逆に軍備に不足があった時には竹島を奪われて、漁民が多数殺害されてもいる。

皮肉なのは、核兵器によって広島・長崎の多くの犠牲が出ましたが、それ以降は核兵器があったからこそ戦争が起きなかった、ということなんですよね。今後核兵器を使ってしまったら地球が消滅しかねない、too big to failという言葉は銀行の救済だけに使う言葉ではないんですね。米軍によって核爆弾を落とされた日本が、戦後は米軍の加護で復興し、核兵器の存在により平和を維持できたということは、皮肉という以外になんと言えばいいのでしょうか。

こうした現実のパワーゲームの背景を見ずに、憲法=平和と短絡的に捉えることに、どうも違和感をおぼえます。米国の一強時代から、中国の台頭などでパワーバランスが変わりつつある現実社会において、であればこそ安倍政権が憲法改正を公約に掲げそれが圧倒的な支持を受けたのも、平準的な市民感情からしても納得できるような気がします。先にもチラッと書きましたが、ノイジー・マイノリティーが動きすぎなのかな、と感じます。

憲法改正がすなわち侵略国家の復活とする考えは筋が通らず、むしろ一般的には侵略によって他国に被害を及ぼしたくないという思いは、日本人が戦争で被害を二度と受けたくないという思いと通じるものであり、ただ侵略されることは勘弁願いたいという現実的な感情の現れが、先の選挙の結果にも出たものだと思います。

そしてこういう風に丁寧に説明しているにも関わらず、文章の文字列を勝手に切り取って騒ぎ立てるのが、朝日とか毎日のやり方で、汚らしい手段だな、とここ数ヶ月のやり取りを見ていて思いました。

と同時に、式典の中で東日本大震災の話が唐突に出てきて、戦争による被害と何の関係があるのかを全く理解できず、違和感だけを強く感じたことも、こうした動きと実は同じなんじゃないかと思わざるをえませんでした。広島長崎の原子爆弾と、福島の原子力発電所事故は全く性質が異なるものだし、放射能で被害を受けた人は福島にいませんし、今後も出ないでしょう。原子という言葉のつながりだけで同一視し恐怖を煽るやり方は、何も生み出さないどころが余計な被害を拡大させるだけであり、いわゆる反原発の人たちの主張が福島の人々を苦しめているだけなことに気づかない、そういうことにむしろ恐怖をおぼえます。

エモーショナルといいますか(emotionalだとイモーショナルと普通は発音しますが、カタカナ原理主義の人に怒られちゃいますから)、感情的に考えることが大きな過ちにつながるということは、戦中の報道を見ててもわかると思いますし、その反省を全くせずにKY写真やアサヒる、、、と私が感情任せに書いてもいけませんね。でもついでに、今日読んだ記事でスーッと身体に染み込んだものを紹介しておきます。

「奇跡のリンゴ」から考える日本農業論〜農家、商店主が本音で語る食の未来 第1回

ちゃんと冷静に考えましょうよ、人間がこれまで培ってきた科学データを信じましょうよ、感情に流されないように読む側も意識しましょうよ、なーんてことを平和祈念式典に参加してからずっと考えてきましたが、これって右翼なんですかね。反原発を、平和憲法の考えを否定することはウヨクですか?ネトウヨですか?

右翼であるつもりも実はないんです。愛国とか国体とか言われると全然ピンときませんし、最初の安倍政権のときに「美しい国ニッポン」と言われても、そうじゃなくて景気を良くしてくれよとか真面目に働く人が報われるようにしてくれよ、という気持ちしか持ちませんでしたし。そもそもそんな政治や思想でお金を稼げるわけでもないしご飯を食べられるわけでも、、、議員になったのでご飯は食べられるようにはなりましたね、でもこんなところじゃなくて住民生活の観点での行政監視で一生懸命働いた結果なわけで、やっぱり思想で食べてる訳じゃありませんし。

とはいえ、間違っていることを言う人に対して違和感をおぼえてしまうのは仕方ないですし、ここでその簡単な説明とさせていただいてオシマイにします。

【中学生の沖縄・鹿児島戦跡報告、伊吹小4~6年生有志と、いぶき認定こども園年長さんによる発表】DSC00969 DSC00970 DSC00971

式典が終わってから、献花で使用した白い菊はご自由にお持ち下さい、ということで会場には行列が出来ていた。これは東京にはない習慣で、開店祝いの花もものの数時間でなくなって荒れた姿を店頭に晒していますよね、これって結構驚きだったりします。そりゃ花は飾ってそのまま捨てられてしまうより、それをさらに活用してもらえる人に見てもらった方がいいので、もっと全国的に広まってもいいんじゃないかな、と思いますが、恥ずかしいという感情が勝ってしまってどうもまだ手を出すことが出来ずにいます。

【ご自由にお持ち下さい】DSC00972

ちなみに、会場の冷房の効きが悪く、ものすごい汗だくになりました。広島長崎の式典を見てても思いますが、この季節にスーツはやっぱりありえないですよね。涼しい正装がちゃんと認められるようになって欲しいです。いや、暑かった。


大阪府大阪狭山市を健康福祉常任委員会の視察で訪れた

米原市議のマツサキジュン(松崎淳)です。

鳥取県智頭町への視察に引き続き、大阪府大阪狭山市を訪れました。智頭町で書き忘れましたが、大阪狭山市もともに合併を選ばなかった市町で、西隣の政令指定都市の堺市とは別に歩むことを選択しました。人口は6万人弱、面積は12平方キロということで市域いっぱいに人が住んでいるようです。昔は私にとってそれが当たり前でしたが、今は、えっ?山ないの?みたいな感覚があるくらいで、不思議なものです。

【狭山茶で知られる埼玉県狭山市の後に市制になった大阪狭山市。庁舎は代替地がないので耐震補強してそのまま使い続けるそうです】DSC00948 DSC00949

大阪狭山市を訪れたのは、「熟年いきいき事業の取り組みについて」のテーマです。いきいき事業と聞くと、最近スタートした「米原市お茶の間創造事業」みたいな雰囲気ですが、内容としてはルッチ大学と県のレイカディア大学を併せたような、高齢者の老人大学についてでした。

大阪狭山市熟年いきいき事業実行委員会】に概要が記されていますが、特徴としては「住民の、住民による、住民のための」事業とでも言いますか、運営を住民がしている点にあります。受講生は毎年1,000人くらいですが、事務局として50人の住民からなる実行委員会がすべての運営をされています。そして、行政からの補助は基本的に「ない」と考えても構わないものです。市の施設で講座を開くのに使用料を相殺するぐらいで、補助金がないと動けないというものではありません。

ちょっと軽くめまいがするくらいに衝撃的だったのが、補助金がないということでした。これまで私が個人的に抱いていた感想もそうですし、隊員として米原に移り住んでから感じたのもそうでしたが、行政と関わる時は必ずお金=補助金の匂いがどこかしらでしていました。特にこういう福祉だとか教育とか高齢者とかまちづくりといったものには、補助金なくしてはやっていけない、という暗黙のルールを当然として捉えてしまっていました。

【衝撃を受けた説明を受けている風景】DSC00946

大阪狭山市の熟年いきいき事業では毎年1,500万円程度の費用が発生するそうですが、すべて受講料でまかなうことが前提でした。市からは委託料として150万円がありますが、開閉会式・公開講座10回分の市施設提供分ということなので、1,000人の受講生の数からすればなくはない数字です。

米原の人口と比べると1.5倍くらい大阪狭山市の人口はありますが、じゃあ反対にルッチ大学・レイカディア大学の受講生の1.5倍が1,000人かと言えば全く足りていません。市の面積が1/20しかなく密集してるから、というのはちょっとずれた釈明になりそうです。日頃からクルマで移動するのが当たり前の地域なので、距離が遠いから近いからではない気がします。

視察の前に色々と質問を考えていたのですが、想定していたのは補助金ズブズブ体制からどうやって抜け出すのかその秘訣は、であったり、いかに自立して運営させていくのか、という点を大阪狭山市に聞こうと思っていましたが、大前提からして崩れていて、補助金いらないし、完全に自立しているし、でそもそも論として立ち位置が全然違くて、なんか聞くのが恥ずかしくすらなってしまいました。

当然立ち上げ当初から住民だけでバリバリ動けるはずもないので、職員が月1~2回の会議に参加したり、備品購入の初期費用を負担したりはしたそうですが、これも2~3年で独り立ちして自主運営になり、特別な問題が生じた時のみ市が関与するかたちになっているそうでした。

市民・住民からの提案型事業で米原市で実施されている、地域創造会議には委員として参加していましたし、協働事業提案制度には一事業者としても参加していますが、基本的に行政に補助を求める≒永続的な支援がないと立ち行かない、みたいな傾向を感じています(私の協働事業提案制度「伊吹山テレビOnline」ではお金をもらってませんが)。事業化して収益を上げられないからこそ、行政の支援が必要という考え方もわからなくはありません。恐らくそれは公共性の高いことであればこそ、なのでしょう。公(おおやけ)が支えるべきものは当然存在しますから。

でも事業性があるものも、そこに収益拡大のチャンスを求めないでこぢんまりとしかやってないんじゃないかな、というのもあります。別にお金儲けしてウホウホになれ、と全てのことに言うわけではありませんが、補助をもらわずにせめてイベントの打ち上げの酒代・ご馳走代くらいは出せるくらいの事業に、出来るだけ多くのことが進んで行かないといけないのではないでしょうか。

個人の善意からスタートしたものはたくさんあります。もちろん崇高な考えで守っていくのが重要なのもあると思います。ただ、個人の頑張りだけではどうにもいかない、どうにもならないことが多いのも事実です。であればこそ周囲の助けであったり、公共の支援というものがバックアップするのでしょう。そして、「継続性」というのは私が常々考えていて言い続けてもいることなのですが、一人がはじめたものをずっと末永く続かせるためには、異なる人にもその理念を共感してもらい、私に代わって続けてもらうことを考える、それも重要ではないでしょうか。

米原市に限らず都道府県や国が様々な補助金・バックアップ体制を用意して支えようとしてくれているのも、本来は小さな芽を大きく育てるまでの支援という位置付けになっているはずです。ところがどこかで矛盾が生じて、補助金なくしてはなりたたない、というのが生まれているのではないでしょうか。ここが私がずっと疑問に感じていたところです。なんで補助金を受けられる人と受けられない人がいるのか。別に健康で働けているなら、そうじゃない人のために税を納めて役立ててもらうのは一市民として当然のことだと思いますが、なーんか理不尽な税の使われ方がされているんじゃないかなぁ、この感覚は忘れずにいたい原点のようなものです。

住民の一人ひとりが、もう一歩ずつ前に踏み出すだけでも、だいぶ変わるんじゃないかな、という意識はあります。例えば今回の大阪狭山市についても、市の公共施設を利用する際にその使用料を免除する形で行政はサポートしています。施設の維持管理費というのは当然必要で受益者負担という考えもわかりますが、固定費でもあり、使われていない時間帯を有効に活用したことで固定費も比例的に増えるということはありません。であればこれまでたくさん税金を投じて作られてきた公共施設を有効活用するという観点で、住民による広義のまちづくり活動に対して利用を促すことで支援し、そこで持続的に進められる事業を展開してもらう。こんな活性化策もあるんじゃないでしょうか。

【大阪府の保健所だった施設を大阪狭山市役所南館とし、市職員が一人もいない施設として各種団体が活動拠点としている】DSC00951 DSC00953

サイレント・マジョリティー(静かな多数派)という語は6月議会の一般質問でも少し触れましたが、普段は行政サービスの恩恵をあまり受けていない、でも納税はしっかりしている人が住民の大多数だと思います。別に悪いことに使われてなければいいや、という考えを私も持っていたので近いものはあると思いますが、日本経済の成長の時代は終わり、税収が右肩上がりで増え続ける時代はもう過去のものです。にも関わらず行政サービスの拡充の声は大きくなる一方で、その恩恵が一部の声の大きい人にのみ渡ってしまうことは、人々の公平感から外れることのように思います。

ノイジー・マイノリティー(うるさい少数派)とウルサイまで言うと語弊があるかもしれませんが、声高に補助金を使う一部の人だけのための行政や政治ではあってはならない、そう私は考えています。昔の政治家は良かった、どんちゃん騒ぎしてあとはお金を振り分けるのが仕事なんだからそりゃあ楽しくてオイシい仕事だったよ、と言ってたのは元三重県知事で朝ズバに出てる人でしたが、昔はそれで良かったのかもしれませんが、もうそういう時代じゃありません。

だったら今やるべきは、限られたお金をいかに工夫して配分して住民の生活を支えるのか、という頭を使う仕事でしょう。みんなが知恵を絞り合えば、きっと賢い解決策は見つかるはずです。そのためのお手伝いをするのが、行政を監視する立場にある議員の職務なのかな、と感じています。なんてことを書くと、こいつが議員だと金をばら撒いてくれないからダメだ、なんて思われてしまいますかね。いや、多分サイレント・マジョリティーのみなさんは理解してくださると思ってますけどね。逆にそう信じていないと負けてしまいそうですから。


鳥取県智頭町を議会健康福祉常任委員会の視察で訪れた

米原市議会議員のまつさきじゅん(松崎淳)です。

刻一刻と夏が過ぎていきますね。8/15を過ぎると、楽しかった夏休みも終わり、2学期へのカウントダウンが始まるような気分に小さい頃なってました。今は別のカウントダウンに追われている気分ですが、あまり動けておらず、でもあまり焦っていなかったりもします。はい、夏休みの宿題は9/1の朝までに出来ていればいいタイプです。

さて、先週8/8・9の2日間に渡り、私の所属する市議会の健康福祉常任委員会で視察に行って参りました。鳥取県の智頭町と、大阪府の大阪狭山市です。そのご報告をば。

【智頭インター降りる間際】DSC00905鳥取県は今後の交通需要がほぼ見込めず、有料の高速道路を開通できる目処が立たなくなったため、国道として高速道路を開通させる方針に転換し(直轄というやつです)、それでようやく今年の春に全通した道路の、智頭インターを下りたところです。インターすぐにガソリンスタンドとドラッグストアがあり、米原インターの寂しさがいったい何なんだろう?と最初から悩んでしまいました。

人口は7000人あまり、面積は220平方キロ(米原は人口4万、面積250km2)の山村で、杉の町(森林面積が9割、米原は7割)と、交通結節点(鳥取市と関西を結ぶ智頭鉄道の拠点であり、因幡街道と備前街道の接点)という観点で、米原と近いものを感じるところです。ちょっと山がちかな。

【智頭駅と、特急電車電気じゃなくてディーゼルで動くんだよ!by大吉さん(あまちゃん)】DSC00906

ちなみに「日本で最も美しい村」連合にも加盟してます。友人がこれに少し絡んでいるのでちょっと耳に挟んでいましたが、米原は合併して市になっちゃったからダメかなと思っていたら、岐阜県下呂市の旧馬瀬村があるのを見つけて、ちょっとチャンス?と思ってます。他にも市はありますが、多分登録後の合併とかだと思うので別として、市で登録できるのならぜひ米原も?

それはさておき、何もない町、というフレーズはここ米原でもよく耳にしますが、ここは元気な町長さんが出てきて、伝統家屋や集落を観光資源として発掘し、観光の街としても最近は知名度を上げているそうです。まあ素材はあるわけで、あとはその調理の仕方で如何様にでもできる、というのは米原でもぜひ活かして行きたいポイントですね。

健福で智頭町を訪れたのは、「疎開保険から広がる高齢者の生きがいづくりと、森のようちえんの取り組みについて」というテーマです。

疎開保険?年間1万円の掛け金で、もし被災されたら7日間の滞在が可能になる、という保険のようなものです。保険という名称は金融庁だかがゴチャゴチャ言ってくるので、1,000人以下という特例で名付けたものらしいのですが、金融商品ではなく、地域活性化策の一つです。掛け捨てというわけではなく、4,000円相当の智頭町農作物を送ってもらえるそうです。ここに実は、地域活性化策が埋め込まれているのです。

過疎保険、と読み間違えやすいのですが疎開保険、その加盟者が400人弱いて、その人たちに野菜を送るには一定規模の生産者が必要となり、そこに高齢者福祉と障害者福祉の観点を加えた新事業展開を役場主導で「農福連携」を行なっているのが特徴です。米原でもそうですが、自家消費以上の野菜をみなさん生産してますが食べきれず、かといって売るほどでもないという趣味以上収益未満の野菜作りをされている方って、多いですよね。それを広く浅く束ねることで商品としての価値付けを可能とし、あわよくば事業化まで狙っているようです。

発送作業などは障がい者施設に委託することで、作業賃の向上にも結び付けられたり、まあ、既存のものをとても上手にまとめ上げた仕組みだな、ととても感心し、こういう仕組みづくりが自分がしたかったことだな、と改めて認識した次第です。

にほんの里100選 – 西谷新田】とか【災害を切り口とした 地域間交流と地域おこし「智頭町“疎開”保険」】いうページに、説明いただいた大体の内容が簡略に載ってたので、興味のある方は一度ご覧ください。ちらっと見てたら、地域おこし協力隊もこれから少しからんでくるようですね。こういうのが、私もやりたかったことだったのですが、まあこれからも継続的にウォッチしていきたいと思います。

疎開保険のほかに「森のようちえん」も紹介されましたが、園児のうち町内の人がほんの数人しかいないという特殊な人による特殊な人のためのサービスで、あまり関心を持てませんでした。特殊な活動だけを支援するのではなく、普通の人たちをもっと本来は支えないといけないな、という思いを強くしました。

その他にも説明をしていただき、中でも住民発案の協働事業の話はぜひ米原でも取り上げたく、視察で学んだ以上は積極的に反映させていきたいと思います。

いずれも町長のパワーで町が元気になる道を歩み始め、それが役場の職員にもしっかり伝わっているなという印象を受けました。もちろん森のようちえんのように全てが住民の理解を得られているわけでないのでしょうが、何もしなかったらドヨーンと停滞するだけの過疎地で必死にもがきながらも頑張っている姿は、見守り続けなければいけないですね。

ちょっと気になったのは、今後30年だか40年後には、今の7000人の人口がさらに半減してしまうという統計的な数字が出されており、それに対してどう対処していくのか。米原も厳しく4万人が3万人になるという将来がありますがそれよりも厳しく、住民のあきらめの感情をいかに食い止めるのかが課題だと感じました。もう少し即効性のある対策がないと、出て行ってしまう今の住民を引き止めるのが難しい気がします。米原も同じですが。

今は福祉の一部として取り組んでいる野菜も、いずれは収益を上げられるだけのものに仕上げていかないといけないでしょうし、いつどのタイミングで役場が手を放すか、課題もあると思います。逆に米原ではまだスタートすら出来ていないので、誰がスタートを切るのか、役場の職員?市長?この成り手を見つけ出すのが重要です。そして誰かを見つけたら、ちゃんと見守ってあげないといけませんね。

【地元産素材で出来た森林セラピー食】130816chizulunch

【智頭町役場】DSC00923

【研修模様と、いただいた資料の数々】DSC00921 DSC00920

実は智頭町の南に、岡山県西粟倉村というのがあります。ここは地域活性化において有名なところ(地域仕事づくりチャレンジ大賞を受賞)で、是非とも一度行ってみたいとずっと思っていた場所でした。ここと併せて、智頭町にはまた足を運びたいと思います。