どうなってるの、米原市議会!?

米原市議会議員で日本維新の会所属の松崎淳(まつさきじゅん)です。

大変ご無沙汰しました。3ヶ月半も書かずにおりました。書かなかったことに理由はあるのですが、これは後日書きます。説明しないまま報告だけしますと、これまでこのサイトのコメント欄は、facebookと連動させていました。facebookは実名が原則ですので、氏名が公開された上で不用意な発言はされないだろうとの想定でスパム対策としてたのですが、ちょっと頭のおかしい発言が相次いでいましたので、正直、凹んでました。

でも、インターネットで発言しないことは、有力な支援者や支持団体がない自分にとって、致命的なことであるとの自覚はありますし、それ故に長期に渡って更新を滞らせてしまったことに対しては、深く反省をするところです。特定の人のための政治ではないものを志す身にとって、不特定多数の方に情報を提供したり活動を報告することは生命線であって、これを期にまた改めて再開します。

で、不必要な発言によって再び惑わされることのないように、facebook連動コメント欄は閉じました。その代わりに、wordpress標準機能のコメント欄を開放しました。承認制ですので、自分が要らないと判断したコメントは公開しないまま葬ります。頭のおかしい発言にいちいち正面から向いてたら、こちらの精神が持ちませんから。政治家って打たれてなんぼってのもわからなくはないですが、こちらも生身の人間ですし、生まれてから政治家になるために生きて帝王学を授けられてきたわけでもなく、理不尽に叩かれることについては慣れることなんて出来ませんから。

もちろん、私にとって不都合だからといって無条件に消すつもりはありません。最初はコメント機能自体、廃止しようとも思ってたのですが、市政にとって有益な情報まで門前払いしてしまうのは申し訳ないですし、市議会の失態などについて客観的なコメントを頂戴したりする場合には、真摯に向き合って反省すべきは反省したいと思っています。

なお今回の原因となった発言については、ネット上のルールやらマナーを逸脱した行為でしたので、それに従い通常通りブロックし、今後はネット上では接点を持ちません。狭い地域に住んでいますので、顔を合わすこともあるかと思いますが、ルールに反した行為にはルールに従って対応するまでです。あしからず。

あと、なんか文句言いたかったら、自分の便所の壁にでも書いといてください。ここは、私の便所の壁なので。いちいち人の庭に入り込んで落書きするな。

さて、こうして再開するに至った理由ですが、本日閉会した第2回定例会の最終日での出来事に起因しています。今議会では政治的にもめそうな執行部からの議案はなく、すべて滞り無く原案の通り可決しました。もちろんそれは、なあなあなやりとりを議会と執行部がやっているということではなく、後日市役所庁舎や図書館などに設置された市政情報コーナーで公開されるであろう委員会議事録をご覧いただければ、喧々諤々の議論がなされたことはお分かり頂けると思います。

ネット上の会議録検索システムで公開されているのは本会議における発言のみで、委員会のはないのですが、多分Wordで作成されたのを印刷して情報コーナーで公開しているだけなので、ネットでも見られるように働きかけていきたいと思います。検索システムを導入しようとすると、新たなシステム投資が必要になるとか言われちゃいそうですが、PDF化したのを並べるだけでも十分で、あとは市サイトの検索エンジンが勝手になんとかうまい具合にしてくれるはずです。そもそもネット上に情報がないこと自体が問題なわけですから、あとは対処できます。

委員会議事録は後でも触れますがおいといて、執行部議案じゃなくて議員提出の意見書の取り扱いで、ひと波乱ありました。

今回は3つの意見書が当初、提出されました。2つはいつもの共産党のもの。そしてもう1つは珍しく、政策研究会マイバラという民主・社民党系の会派から提出されました。はい、もう、伏せません、民主系会派です。共産党はなんだ、教育委員会と反原発な意見書で、民主は集団的自衛権の意見書でした。

内容はいいんです、それぞれが主義主張をもった政治家の発言ですから、正々堂々と意見を交わしたらよいのです。今議会の最終日では、私は集団的自衛権の意見書を、継続審査にすることについて賛成の討論を本会議で行いましたし、先の総務教育常任委員会で審議した時もしっかりと意見を述べました。まあ、内容は、集団的自衛権について賛成するという立場を表明しましたが。

せっかくなので、継続審査の賛成討論の原稿を公開します。

★★継続審査の賛成討論 ここから★★
意見書第6号 憲法解釈による集団的自衛権の行使容認に反対する意見書案の、継続審査することについて、賛成の立場で討論いたします。

まず、そもそも論ではありますが、今回の意見書にしろ他のものにしろ、こうした国政レベルで議論すべき内容をなぜ、米原市議会において議論を展開しなくてはならないのか、そのことについて若干疑問を抱いております。国で対応すべきことはしっかりと国会議員に議論して頂く、一方米原市においては地に足をつけて市民の声を聴き、議会なり委員会なりでしっかりと発言・議論をして、米原市発展のために尽くしていく、それが米原市議会議員に求められている最大の職責であると考えます。

誰が言っているのか、言わされているのかは存じ上げませんが、とは言え、米原市議会に上程された意見書でもありますし、私も一応は政治家の端くれでもありますので、見解をしっかりと申し上げて、議論の一翼を担いたいと思います。

私は、集団的自衛権については賛成の立場を取ります。現在の日本の置かれている国際状況の中で、国家として当然の権利である自衛権を行使して、国際社会の安定と平和に寄与することは、反日政策を国是としている特定の数か国を除いた世界中すべての国から求められており、支持されております。国家が持つ自衛権を行使できないという極めた不自然な状態で、どのように平和と安定を維持できるというのでしょうか。

第2次世界大戦後のことを振り返りますと、日本国憲法が制定され、日本が主権を回復する直前に、国を守る手段を失った状態に置かれた日本は、韓国に竹島を武力占拠されてしまいました。そして最近においては、中国が尖閣諸島を虎視眈々と狙い、侵略する機会をうかがっていて、その次は沖縄であったり、対馬になるのかもしれません。竹島のように日本人死傷者を出しても良いのでしょうか。

日本の戦後の平和が憲法9条によって守られてきたとする意見もありますが、しっかりと現実と向き合う必要があります。日本の安全と平和は、日米両国の共存関係によって守られてきたものであり、冷戦期においては日米安保があったからこそ、ソビエトからの侵攻を防げたわけです。

冷戦が終結してからは、アメリカの求める国益が変わってきて、同盟国に要求される条件も変わり、自立が求められるようになってきました。分かりやすいのが、湾岸戦争以降、日本の自衛隊に求められる役割が増えてきたように、アメリカに守ってもらう一方でなく、お互いに支え合う姿への移行が進んでいます。こうした時代の変化は、冷戦が終結してからもはや四半世紀も経過しており、いい加減、日本の自立が、アメリカ以外からも特定数か国以外の世界中すべての国から求められています。

過去の戦争の反省から、日本の恒久的平和を願う国民の気持ちというのは、当然のものであります。しかし、平和というのは願っていれば勝手に実現されるものでは決してなく、人々のたゆまぬ努力の積み重ねによって守られている、このことを自覚しなくてはなりません。

今回は憲法解釈の変更による集団的自衛権行使に反対する意見書となっていますが、そもそも憲法の本文に自衛権に関する明文規定が置かれてない以上、必要な国内法の制定が必要とされ、これまでも様々な憲法解釈の変更が歴代政府によってなされてきております。吉田茂内閣で自衛権が放棄されましたが、主権回復後の鳩山一郎内閣では自衛権の保有が憲法解釈の変更により定められました。田中角栄内閣で個別的自衛権の行使に限定することが同じく解釈の変更で定められ、鈴木善幸内閣において保有するが行使できないという解釈変更に至っています。このことからも解るように、憲法解釈はあくまでも政策的な問題であり、何ら不自然なことではありません。

一方で憲法前文においては、戦争の惨禍が起こらないよう決意していますが、そのためには国際社会における名誉ある地位を占めたいともあります。経済的成長に伴い周辺国への侵略意向を明確にしている国が近隣にある中で、自国のことのみに専念して他国を無視するような国が、果たして国際社会で認められるものでしょうか。憲法を尊重するのであれば、なおさら、国際平和に寄与する日本の在り方が問われていることを認識すべきです。

このことは何も、戦争をしようと言っているのではありません。むしろ全く反対です。国内法の整備をしておくことは、国際法上、一定の対抗力を生み、諸外国に対する抑止力となります。逆に、その努力を怠れば日本は無防備となり、野心を抱く外国につけいる隙を与えかねません。安全保障の分野においては、万全の国内法体制を整えることこそ、軍備を整える以上に重要なことなのです。

こうした立場から、今回提出された意見書に対して私は、反対の姿勢でおります。

しかしながら、昨今の国会において与党協議がまとまらず継続に決まったこともありますし、総務教育常任委員会においても、さらに議論を深めたいという意思表示が出されたこともありましたので、当意見書については継続審査することに対して私は賛成をし、議員各位の同意が得られることを願いまして、私の賛成討論といたします。
★★継続審査の賛成討論 ここまで★★

最後の方をちょこっと語尾修正しましたが、基本、このままのはずです。最初に書いた原案と比べると、だいぶマイルドな表現に落ち着きました。以前は中国とか韓国とか特定アジアとかいろいろ書いてましたから。ここでぶっちゃけておきますが。

まあ、サヨクだかの人からすればとんでもなくウヨクな発言に聞こえるのかもしれませんが、いたってまっとうな意見を述べたつもりです。もう、ど真ん中。脳内お花畑じゃ平和は保てないよ、でもしょうがないんで継続審査することには賛成、といったのがまとめでしょうか。

これに対する反対討論や、この前の質問において、国民の意見は集団的自衛権には反対だーとかいろいろ言ってましたが、その論拠となる数字が、朝日とか中日みたいな、赤旗の一歩手前の新聞のアンケートになってる時点で何の根拠にもなってないんですけどね。そんな見え見えな誘導尋問した挙句の数字に、何の意味があるのでしょう。

とはいえ、ここはいいんです。主義主張の違いのところですから。

問題としてるのは、まず1点目、この意見書は議会に提出されてから、私の所属する総務教育常任委員会に付託されました。委員会で深い議論をしたのですが、9:30から17:00近くまでその他の議案を慎重審査したあと、超ヘビーな議論が最後に来たので、帰宅後はドーッと疲れが押し寄せたのを覚えています。その後消防団の会合に行きましたけど。

その委員会において、委員会としては継続審査することに決めたんです。私は原案(憲法解釈による集団的自衛権行使に反対)に対して反対の意見を言いましたが、判断つきかねるといった意見や、賛成するといった意見も出され、国会の動向(与党協議がまとまらず延長)もあり、もっと慎重に議論すべきだ、ということで共産党を除いて継続審査することに同意しました。

要は、委員会の意思として、継続審査することに決めたわけですが、これが今日、本会議で覆ってしまったんですね。

何も委員会判断と本会議議決が異なるということは、この前に3月議会であった議案のように、なくはないことです。そりゃ委員会の人数構成と委員会のでは多少のズレがありますから。このズレが故に問題が起きてるわけですが。

ここであってはならないことに、継続審査に賛成した人が、本会議で反対に回ったことです。3月議会の副市長・教育長の報酬カット議案は、委員会と本会議で結論は異なりましたが、意思表示した人の意見は変わりませんでした。委員会で賛成の人は本会議でも賛成、でも今回は逆、それが覆ってしまったんです。同じ会期中に。しかもものの10日間で。

これって、一事不再議の原則に反するのでは?

そりゃあ明文化されていない慣例なのかもしれないし、委員会と本会議では審査結果と議決なので厳密に言うとニュアンスが異なるので当てはまらないのかもしれないけど、政治家としてやっちゃあいけないでしょう。

理由として挙がってたのが、最近の新聞の動向とか言ってた気がしますが、そもそも中日な時点で説得力ゼロなのは置いといて、一事不再議ってコロコロ意見を変えて朝令暮改を防ぐ意味があって、そりゃ次の議会に回った時には時代の変化とも言えるんでしょうが、10日はないでしょ。10日ぐらい先のことぐらいは考えて考えたり発言するのは、政治家として当たり前のことじゃないんですか。っていうか、人としても。

せめて、委員会での判断と本会議でのが異なるのであれば、棄権退席でも、とか思いましたが、時既に遅し。

政治家だったら、さもありなん、ってことなのかもしれません。ここで2点目が絡んでくるのですが、そもそも何で米原市議会で集団的自衛権のことについて論じなきゃいけないの? という素朴な疑問が出てくるわけです。

継続審査・賛成討論の冒頭にも言いましたが、市議会の本来の仕事は、米原市のためになることでしょ。市には市の仕事があり、県には県の、国には国の、それぞれの役割分担があるわけです。米原市議会は米原市発展のために尽くすべきで、それを本来は国会議員に任せるべき内容を何で議論しなきゃなんないのさ。

共産党が毎回のようにどうでもいい意見書を出す理由は分かるんです。国会議員とか十分な数がないので発言する機会がないんでしょうから、発言する場が多い市議会とかで憂さ晴らしでもしてるんでしょう。どうでもいい、ってのはちょっと失礼でしたね。マイノリティーにしか興味関心がないこと、とでも言いましょうか。

マイノリティーと弱者は違いますよ、混同されているようですが。弱者に対して手を差し伸べることは当然のことで、でもそうじゃなくて、特定の主張が特定の支持者にしか同意を得られてないことがマイノリティーなわけで、マイノリティーを優先することは、大多数・マジョリティーを犠牲にすることにもつながりかねず、私はそのことに常々反対をしているわけです。声だけは大きいノイジー・マイノリティと、サイレント・マジョリティ、のいつもの話です。

自民党に対して抵抗があった、ってのも前から言ってますが、恐らく国民の多くが感じたことと一緒だと思いますが、特定の既得権益者に対しての利益誘導が目に余るようになり時代の変化にそぐわず変革の動きが止まった、ということで何年か前に政権交代が起こったわけですよね。

その自民党と癒着してるようなイメージがあるのって業界団体とかで、それが一部の特定のマイノリティーとなって、マジョリティーであるその他の国民の多くが不満に感じたからこその政権交代で、業界団体って、決して弱者なんかじゃないですよね。

それで民主党政権になって、人々は時代に則した国や行政に変革してくれることを期待してたら、あらら、自民党の支持母体の業界団体なんかよりもたちの悪い労組とかを優遇するだけでなーんも良くならなかった。じゃあ第3の勢力として維新とか出てきたけど、民主には心の底から辟易したので、どうせ変わんないんだからだったらわけわからんのにまた期待して裏切られるくらいだったら自民党のままでいいや、となったのが、私のこれまでの政権交代劇の認識。

ちょっとずれましたが、ですので共産党が主張することについては、共産党の支援者からしか支持されないことが多く、マイノリティーのための政治しかしてないことは、マジョリティーであるその他大勢の市民住民にとってはどうでもいいことでもあるので、いつも同意を得られずに否決されてばかりいるんだと思います。以前の委員会とかではマジョリティーにも影響のある議論が多かったのですが、特に最近は先鋭化されてきてるようで、あまり面白くありませんし役にも立ちません。

違うな、共産党のことを言いたいんじゃなかった。民主のほう。何でお前らまでも? 何でも反対するだけのミズポたちと、結局は一緒だったのか? なんで国政の話を市議会でするんだ?

別にしてもいいんです、共産党みたいに。でも論点はそこじゃない。討論の冒頭、「議会なり委員会なりでしっかりと発言・議論をして」の部分と「誰が言っているのか、言わされているのかは存じ上げませんが」の部分、ここがオカシイ。

国のことをウダウダ言うのもいいけど、それは自分の本来の仕事、市議会議員としての責務をしっかり果たしてから、好き勝手やればいいことで、自分の仕事ができてないうちにやってはいないかい?ということ。

今議会の委員会に参加したり傍聴したりする中で感じたことに、1年生議員(もう新人さんとは言わなくていいですよね、さすがに)の発言があまりに少ないんじゃないか、ということ。お前は2年生だからってたった8ヶ月しか違わないんだからエラそうなこと言うな、とか怒られるかもしれませんが、8ヶ月なんです。私が改選を迎えたのと、1年生議員の初当選後の期間が、一緒で、私の2013年2月~10月と、1年生の2013年10月~2014年6月、同じ8ヶ月なんです。

先日野暮用があって庁舎に行って時間が余ったので、情報コーナーに行って委員会議事録を読み返してたんです。はい、ここでようやく委員会議事録が出てきました。私の当選後、最初の3月議会と次の6月議会の私の発言を振り返って見ました。自分の出演番組を録画して見直すサンマみたいですね、全然ナルちゃんではありませんが。

ああ、こんな質問もしたな、と1年前のことを懐かしくも思いましたが、それ以上に、今の1年生議員よりは多く発言してました。もちろんベテラン議員に比べたら全然足りないですよ。保育以外はあまり接点のない健康福祉常任委員会だったので専門性の高い質問でもなかったですし。でもその分、一生懸命勉強しました。委員会での専門的な議論に追い付くために情報を収集して調べたり、そもそもの市議会議員とはみたいなとこも知るためにあらゆる会合に出席しましたし、会派に属してないので視察研修にも行けないので他市事例を集めたり。

それもこれも、補欠選挙というイレギュラーな形だったがゆえ、今の1年生の非常に丁重なお出迎えと異なり、結構雑な出迎えだったな、と感じるのは別に事務局が悪かったのではなく1年生が恵まれてるな、と感じてるだけです、とか、周りに何もなきゃないでなんとかしなくちゃならなかったから故の必死さからやってたのかもしれません。

にしても、なんでこんなに委員会での質疑がこれほどまでに少ないの? ってのは強く感じてました。市長与党だからなんでもマイペンライ、どうでもいいのさ、ってことなのかいな。問題がなきゃないで、だったら職員を褒めるなりしてやったら? いい仕事してますね、とか、グッジョブ!とか、イイねとか、何でもいいんで、なんか発言したらどうなんだろう。発言しないということは、市政にあまり興味ないとか、そういう風に受け取られてしまいますよ、ってかもうそうですが。

それとも、市政よりも大切なことがあるんですかね。市議会議員なのに。

誰かに、言わされてるんですかね。

滋賀県知事選もあるし。

委員会と本会議で結論が変わったってのは、誰のために変えたのかな。やっぱ、会派とか党派のためなのかな。

なのであれば、いったい誰のために市議会議員をしているのか、というのを問いたい気分。市議会の委員会などで大した発言もしないのに、国政やら党利党略のための議論だけはたいそう熱心に取り組まれる。

なんじゃ、そりゃ。アホか。(関東人なのでこういう発言をするってことは、関西人がバカかと言うのと同じ心境、ん?都市伝説か?)

そりゃあ私だって、維新の選挙やりましたさ、隣の市の。7月もやりますさ。県知事選も。でも、市議の仕事もしてたさ。っていうか、2月の隣市市長選に続いて3月の地元のイベントと予算審議が重なって死にそうだったのに続いて、4月5月も議会報告会の準備と後始末で死んでましたよ。恐らくですけど、45月は米原市議の中でトップクラスで働いてましたよ、

米原市議会のために。

世間ウケすることだったり、パフォーマンス的なことだけやって、議員として認められるなら、そりゃあ楽でいいですよね。

市議として市のために泥臭いことばっかやってて、誰も見てくれてないとショボーンともなりましたけど、それをここで書かなければ本当に美談になったんでしょうから、それも私の人間として未熟なところです。

党派とか会派のために、自分の主張を曲げてまで同調するってのも、どうかと思ってます。そんなに仲間が大事?それとも市民のために自分の主義主張を貫くこと、どっち?自分が考えていることと異なる方向になったとしても、曲げていいところと絶対に曲げちゃいけないところがあるはず。

今回はそのことをまざまざと見せつけられたので、1年生議員らの会派を断定的に民主系と一括りにしました。失望しましたね。

新人だから、といって許されるレベルではないと思う。物事には進め方とかルールとかが当然あるべきで、それを覆すんだったら、それもしきたりに沿ってやるとか、もしくは革命か。ありえん。

こうした、怒り心頭になってから、途方も無い徒労感に襲われた今日の午前中が終わり、ようやく市議会に一区切りがついたので、選挙モードにようやく頭を切り替えて動き始めましたとさ。

ダメですね、ダメージが出かかったので、後半パワーが切れて、アメブロみたいな散文調っぽくなっちゃいました。

切り替えます。自分らとか仲間らのための政治ではなく、住民・市民・県民のためになる政治を、頑張って応援します。滋賀県、かなりやばいです。立て直さなければ。それとも、もっと堕落させます?自分らの理想的なお花畑は実現されて、県民は苦しんでもいいんですかね。

この話はまた改めて。他にも、自分の党の話とかも。

あっ、写真。このPTA会報作るのにも、結構死んでました。いずれも楽しめたので良かったですけど。

【PTA会報】
p01


ネット上で情報発信していくことについて

米原市議会議員の松崎淳です。

いろいろと書こうと思っていることは山のようにあるのですが、一つづつ丁寧にやっていきましょう。こうやって文章を書いていく中で、「です・ます」調にあえてして書いていますが、本来であれば「である」体の方がしっくり来るのですが、といったような話も多々ありますが、いずれそのうち。

その中でまず書いておこうと思ったのが、なぜブログで情報発信しようと思ったのか、そしてその目的とは、についてです。

選挙公報で掲げた公約にも書き連ねましたし、それ以前からずっと延々と情報発信の重要性については言ってきておりますが、じゃあ自分自身はどうなんだい?と問われると明確に返事しかねる対応をしてきています。

何も情報発信してきていないというわけではありません。自分のホームページは1995年には作っていましたし、ブログも2005年から、最近流行りのFacebookも2007年からですし、Twitterもずっとやってます。恐らく普通の人よりかはこういうものに対しては先に飛びついている方です。

ここでずっと引っかかってきたのが、ネット上での個人情報の取り扱いです。大学でいち早くインターネットに触れていた時分は個人情報自体の概念が変わっていくのだ、と自分の情報をネット上で公開することにためらいはあまりありませんでした。

しかし時代が進むにつれ、インターネットも急速な普及を見せ始め、情報基盤としてのインフラの地位を固めるようになると、個人情報が流出することによる弊害というものを強く意識するようになりました。それこそインターネットというものに20年も触れ続けていると、酸いも甘いもと言いますか、だいたいのことを理解してきて、危険性についての認識が高まりました。

それ故にネット上で情報発信するにしても、自分の情報をほとんど出さない形で取り組んできました。Facebookで数少ないつながっている人たちにさえ情報公開を制限している中で、それ以外の人にはほぼ何も公開していません。Twitterもわずか数人にしか知られていません。

過剰反応のような気もしなくはありませんが、知っているが故の対応ということでご理解いただければと。

とはいえ、今年の2月を境に、「公人」になりました。政治家、なんていう大それた立場になってしまったということは、まさに公人中の公人とも言えるわけで。そりゃあ国会議員や内閣に入る人たちとは大分差があるので、いきなりマスコミに注目されたりなんてことはないでしょうが、それでも公人の端くれにはなりました。

政治家こそ、自らの主義主張を伝える努力が必要である、ということは感じていて、というのも選挙で選んでもらうためには、その人となりを知ってもらわなければならない。ちゃんとした組織が控えているような政治家さんならともかく、三バン:地盤(後援会組織)・看板(知名度)・カバン(政治資金)いずれもない立場からすると、自分を知ってもらうための活動というのは限られてきます。

いや、ホント何もない状況から出馬して、よく当選できたな、というのは自分でも思っています。2年前に東京から移り住んできただけなので知り合いも多くなく地盤など全くありませんでしたし、みらいつくり隊という市の制度で広報誌などでも取り上げられてはいましたが、その知名度がほとんどなかったことに逆に驚かされたりもしてましたし(苦笑)、お金だって隊員として月15万円の報酬で家族養うなんて相当厳しいレベルなわけですし、何もないにもほどがある、といった感じでした。

後援会とかがあれば、自分の考えとか人となりについてミニ集会等で説明が出来るでしょう。戸別訪問も繰り返して握手を重ねて知ってもらえるでしょうし。でもそれだと人に知ってもらえる数に上限が出てきます。選挙区すべての人とお話し出来るわけじゃないですし。

そこで、このインターネット上での情報発信が生きてくるわけです。先の議会でも発言しましたが、世の中のかなりの数の人がネットに触れています。頑なに「インターネットはやらん」と宣言されている方も身近で知ってはいますが、それはもはや少数派と位置づけられるほどになっています。

昔であれば、支援者以外に知ってもらうためには新聞の折込などで対応できなくはありませんでしたが、それにはお金が必要になってきます。自宅でDTP(パソコンでの編集作業)やプリンター印刷など出来なかった時代ならもっとお金を要していたことでしょう。

でも今は月額でもわずかな金額で情報発信に取り組める時代になりました。見る人の側の環境も整っています。そうした時代の中でこそ、ネット上で情報発信する意義があるんだと思います。

議員として活動していれば、本会議や委員会での発言が記録されたり、議会だよりという形で発言内容や主旨を伝えることはできます。ただそれだけでは十分とは言えないと思います。より多くのことを知ってもらって、こいつは投票するに値するかどうかを判断してもらう材料の一つとして、ネットでの情報発信は活用されたほうがいいと思っています。

これが選挙中となると、これまでは非常に厳しいものがありました。公職選挙法というものにがんじがらめにされた状態で選挙しなくてはならなくて、後援会がないので自分の活動が政治活動ではなく選挙活動として捉えられかねなくて、ちょっと危険でした。別にグレーの状態でやっている人もいなくはないのですが、公職選挙法というのは、少しでもグレーになると限りなくブラックとしてみなす、みたいなところがあるようなので、ほとんど動けていませんでした。

ご承知の通り、今度の参議院議員選挙以降、ネット上での選挙活動が認められるようになり、今後は情報発信に取り組まれる人は増えてくると思います。お金がない人でも選挙に出られるようにするための公職選挙法が、逆にお金がない人の情報発信に制限をかけていた状態が解消されるということで、望ましいことだと考えます。

公人としての活動報告や、自らの考え方を知ってもらうための手段として、こうしてブログを通じて情報発信していこうと、当選してからちょっと日が経ってしまいましたがようやくスタートすることが出来ました。

同時に、公人とはいえプライバシーや個人情報が全くなくなるわけでもないので、FacebookやTwitterでの情報発信については、模索を続けていくことになると思います。まさかこいつはビッグダディをフォローして楽しんでいる、なんてことを知られてしまうのもどうかとは思いますが、まあ例としてここに挙げてしまったのでついでに美奈子もフォローしてることも暴露しておきます。

といったようなことを実はずっと考えてきていまして、これを面倒くさいやつだなぁと思われた方は、面倒くさくない写真が多い記事だけ目を通していただければと思います。これに懲りずにちょっとでも関心を抱いて頂いた方には、どうぞこれからもお付き合いをお願いしたいと思います。

こういう文章だけの記事だと華がないので、先日うちの屋根裏で生まれて一時期保護してたネコちゃんの写真でも貼っておきます。

【2匹いた縞模様ネコのうち、足元が白い方をシロちゃんと呼んでました】DSC00172